ユニーク&エキサイティング研究探訪
No.04 髙玉研究室のカーゴレイアウトシステム
宇宙ステーション補給機(HTV)の貨物配置決めに採用
電気通信学部 人間コミュニケーション学科
髙玉 圭樹 准教授
わが国初の宇宙ステーション補給機(HTV=H-ⅡB Transfer Vehicle)が、2009年9月11日に打ち上げられ、国際宇宙ステーション(ISS)に大量の物資(食糧、水、備品など)を届けて、代わりに廃棄物資を回収、11月2日未明に大気圏に再突入して、無事役割を果たしたが、このHTVに搭載する荷物の配置を決めるのに、人間コミュニケーション学科・髙玉圭樹准教授が開発したカーゴレイアウトシステムが採用され、重要な役割を果たした。
HTVは直径が約4.4メートル、長さが約10メートル。内部にちょうど大型観光バスがすっぽり収まるほどの大きさで、その中に自前のエンジン(推進部)と制御系、それに貨物室を備えた無人の輸送機だ。荷物を積む前の自重が約10.5トン、これに約6トンの荷物を積み込める。H-ⅡBロケットで打ち上げられ、切り離された後は自らの推進力でISSに接近し、帰路は自力で大気圏に突入し、一部は所定の海域に落下する。
この輸送機を往路・帰路とも所定の軌道に沿って運航させるためには、重心位置をできるだけ最適重心位置(機体のほぼ中心)近くに保つ必要がある。重心位置が最適重心位置にあれば、姿勢制御用のエンジンを使う頻度が減り、それだけ高価な宇宙燃料が少なくて済むためだ。
自律マルチエージェント設計で貨物配置を瞬時に計算
- カーゴレイアウトシステム全体像
荷物を搭載する前のHTVの重心位置は、最適重心位置から大きくズレている。そのズレを貨物室に荷物を搭載することで補正する。今回のHTVでは、重心位置が最適重心位置から25mm(ミリメートル)以内に収まることが目標だった。髙玉研のカーゴレイアウトシステムは、この目標に合うように搭載貨物箱の格納位置を決めるシステムである。このシステムは髙玉研の研究テーマである「自律マルチエージェントの設計論」に基づいて設計してあり、普通のPC上で動き、瞬時(1秒以内)に答えを出すのが特色だ。オリジナル版は髙玉氏が電通大に赴任する前、国際電気通信基礎技術研究所(ATR)時代に開発したものだが、今回採用されたのは電通大准教授に就任後改良したものだ。
HTVの貨物室には、8本のラック(種類は3種類)があり、そこに大きさが6種類ある貨物箱(CTB=Cargo Transfer Bag)が収納される。最小サイズの貨物箱はHCTB(Half size CTB)と呼ばれ、その2・4・6・12倍サイズの箱がある(なお、ラックや貨物箱の種類は今後増えることになっており、現在、それに対応するシステムを構築中である)。その箱の中に、いろいろな荷物が搭載される。衣類や食糧、飲料水、ISSの研究設備など、箱のサイズは同じでも重量は1キロ未満から100キロを超す貨物箱も想定される。
- 国際宇宙ステーション(ISS)と補給機HTV 提供:宇宙航空研究開発機構(JAXA)
それだけ種類が多い貨物箱を、ラックのどの位置に配置すれば、重心位置が最適重心位置になるのか。ラックの立体的な位置と、貨物箱のあらゆる組み合わせを計算して、その中の最適値を選ぶような計算方法では、計算に数か月かかるという。実際、NASAからスペースシャトルに搭載する貨物のレイアウトを委託されているボーイング社は、手法は異なるものの1か月かけているといわれる。
それに対して、髙玉研のシステムは、わずか1秒以内に答えが出る。システムは、任意の貨物箱(またはそれを複数個集めたブロック)を別の位置の貨物箱と位置交換したり、空いている位置に移動したりすることを繰り返えす。具体的には、個々の貨物箱が人工知能をもったエージェント(自律個体)として機能し、あたかもそれぞれの貨物箱(またはそのブロック)が自分の意思で最適位置に収まるように動く。そして、最適重心位置から25mm以内に収まれば計算を中止する。つまり、唯一無二の最適解を求めるのではなく、目標範囲に入る複数の局所解の一つを求める、実用性重視のシステムだ。
船舶やトラック便など応用分野は広い
- カーゴレイアウトシステム
荷物を積む前のHTVは、推進部、曝露パレットにそれに燃料や水、ISS屋外で使われる実験器材などが搭載され、さらに貨物室にラックが搭載されている。システムはまずこの状態で重心位置を計算し、それを初期値として記憶する。次に、搭載する貨物箱のうち、重心位置に最も影響しそうな大きな貨物箱から配置を開始、その都度、重心位置を求め、その値が最適重心位置に近づくなら配置し、離れるようなら別の位置を探す。一通り貨物箱を配置し終えたら、任意の貨物箱(あるいはその複数個のブロック)を前後左右上下、任意の位置と交換して、やはりその都度重心位置を計算し、重心位置が最適重心位置に近づくなら交換し、離れるなら交換を止める、という操作を繰り返す。移動後の重心位置はすべての貨物箱(またはブロック)から共通に見えるように設定されている。
この方式だと、任意の貨物箱は、自分が移動または他の貨物箱と入れ替わったことで、重心位置が目標に近くなったかどうかが分かる。
特に、計算時間が短くて済むため、このシステムは荷物の内容が搭載直前に変更になっても、問題なく処理できる。また、普通のノートPC で動作するため、例えば、帰路に積み込む廃棄物を入れた貨物箱の配置を、ISSで宇宙飛行士が計算して決めることもできる(今回は地上で計算した。HTVは、帰路も所定の軌道に沿って飛行し、大気圏に突入して、燃え残りが所定の海域に落下するよう制御するので、やはり“重心”が大事)。
HTVの打ち上げは合計10回予定されているが、このシステムは、HTVだけでなく、船舶の積み荷の配置や、トラック便の積み荷を最適配置して、燃料消費を最小にするような用途にも応用できる。また、NASAも関心を示しているという。国内だけでなく全世界へ、応用が広がることを期待したい。
(2009年11月)
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