ユニーク&エキサイティング研究探訪
【No.16】 2012年8月 掲載
高分解能レーダでカメラでは得られない立体像を浮かび上がらせる
独創的な研究を実施している若手を表彰する賞を受賞
木寺 正平 助教
情報理工学研究科 知能機械工学専攻
本学大学院情報理工学研究科知能機械工学専攻の木寺正平助教は、「第25回安藤博記念学術奨励賞」をこのほど受賞しました。安藤博記念学術奨励賞は、エレクトロニクス分野で独創的かつ萌芽的な研究を実施している若手研究者(35歳以下)に対して毎年贈られる賞で、第25回の今年は木寺助教を含む5名が受賞しました。
- (新しいウィンドウが開きます)一般財団法人 安藤研究所:安藤博記念学術奨励賞
表彰対象となったご研究のタイトルは「超広帯域レーダによる超波長分解能・不可視領域イメージング技術の研究」です。ご研究の内容と凄さについて解説しましょう。
船舶や旅客機などは電磁波のレーダを使って常に周囲を見張っています。このことをご存知の方は少なくないでしょう。20世紀前半の日本では電磁波を使って見えない敵を探し出すことから、「電探」(でんたん)あるいは「電波探知器」などとも呼ばれていました。
レーダと分解能
レーダではパルス状の電磁波を使います。電磁波のパルスは一定の周波数帯域を有しており、この周波数帯域の幅でレーダの分解能(距離の分解能)が決まります。これまでのレーダで一般的に使われてきた電磁波パルスは10MHz(メガヘルツ)の周波数帯域がありました。これは距離分解能だとおおよそ15メートルに相当します。言い換えると、15メートル以内に存在する二つの物体は区別できないという意味です。
それでは電磁波パルスの周波数帯域を広げればよいのかというと、それは簡単ではありません。技術的に難しいのではなく、社会的に難しいのです。人類社会は様々な周波数の電磁波を利用して成立しています。例えばテレビ放送やラジオ放送、無線LAN、携帯電話などもその一部です。こういった私たちが普段利用している電磁波同士が悪影響を及ぼさないように、電磁波の周波数は利用できる帯域が厳しく区分けされ、制限されています。
UWB(ウルトラワイドバンド)の登場
ところが最近になって、小さい電力に限り、非常に広い周波数帯域を備える電磁波パルスを利用できるようになりました。これが「UWB(Ultra Wide-Band:ウルトラワイドバンド)」と呼ばれている電磁波です。
UWBパルスを使うと、距離分解能の高いレーダを実現できます。例えば周波数帯域幅が1GHz(ギガヘルツ)のUWBパルスを使ったレーダの分解能は、15センチメートルと短くなります。通常のレーダの100倍近い分解能があることが分かります。
ただしUWBパルスは電力をあまり大きくできません。このため、近距離レーダへの応用が考えられています。赤外線レーザ探査や光学カメラ探査などが苦手とする分野で、特に期待がかかっています。例えば表面反射率の高い物体の探査は、赤外線レーザ探査が苦手とする領域です。また炎や煙などが存在する災害現場では、光学カメラによる探査が困難になります。こういった分野では、UWBパルスレーダが威力を発揮します。木寺正平助教はこういった応用を目指して超広帯域(UWB)レーダを研究しています。
-
- 超広帯域信号(UWB信号)の概要
- (新しいウィンドウが開きます)拡大画像(jpeg:104KB)
-
- UWBパルスレーダの応用
- (新しいウィンドウが開きます)拡大画像(jpeg:117KB)
複雑な形状を近距離で可視化
レーダ装置では、戻ってきた電磁波パルス(受信信号)の処理の仕方で、得られる情報が違います。いろいろな処理を加えることで、物体の位置や形状などを、光学カメラで得られないような部分まで推定することもできます。これを「イメージング(可視化)」と呼びます。
もちろん従来から、レーダイメージング技術は存在しており、長年にわたって研究され、実用化されてきました。ただし既存のレーダイメージング技術はUWBパルスのような短い距離でのイメージングを想定しておらず、物体が点の集合であると仮定したものでした。
-
- 既存技術(合成開口レーダ:Synthetic Aperture Rader:SAR)による近距離のイメージング。正弦波状の境界をイメージングしたところ。左が受信信号(赤色が強い)。横軸はアンテナの位置、縦軸はアンテナからの距離。右がイメージングによって推定した境界面
- (新しいウィンドウが開きます)拡大画像(jpeg:87KB)
しかし、実際の境界は連続的ですので、反射点はアンテナの位置によって違ってきます。このずれは距離が近いほど顕著になります。このため、物体の形状が複雑になるとイメージングが困難になるという問題を抱えていました。また計算時間が長く、ロボット探査のようなリアルタイム処理を必要とする用途には適用しづらいという弱点もありました。
そこで木寺助教は、アンテナから反射点への角度(到来角度)を正確に推定する計算方法を考案し、複雑な形状を持つ物体でも高い精度でイメージングすることに成功しました。この技術を木寺助教は「RPM(Range Points Migration)法」と呼んでいます。この方法は、従来の考え方とは全く異なる計算方法を用いており、イメージングが難しい複雑な形状にも対応することから、レーダイメージングの範囲を大幅に広げることが可能です。またイメージングに必要な処理時間は大幅に減少しており、ロボット探査のようなリアルタイム処理にも適用できる技術です。
現在では開発した手法を改良し、超分解能法と呼ばれる技術を併用することでイメージングの分解能をさらに高めています。アンテナと物体を使って実験を実施し、非常に高い分解能でイメージングができることを確認済みです。今後は、この技術をがん細胞検知等の医療応用や地雷探査等の非破壊検査に拡張していくことを考えています。
-
- 複雑な境界(赤い曲線)の例。数多くの反射点(マルで囲んだ地点)からの電磁波パルスが干渉する
- (新しいウィンドウが開きます)拡大画像(jpeg:57KB)
-
- 木寺助教が考案した高精度イメージング法(RPM法)による境界面の推定結果。右上は受信信号。右下はイメージングによって推定した境界面(赤点の部分)
- (新しいウィンドウが開きます)拡大画像(jpeg:102KB)
-
- 開発技術を実際の環境で評価したときの概要
- (新しいウィンドウが開きます)拡大画像(jpeg:101KB)
-
- 受信信号をイメージング(画像化)した結果。右下がRPM法に新開発した手法「拡張Capon法」を組み合わせたもの
- (新しいウィンドウが開きます)拡大画像(jpeg:92KB)
アンテナからは影となる領域をイメージング
レーダ装置から送信された電磁波パルスは、物体で直接跳ね返ってくるだけでなく、物体に2回以上当たってから戻ってくることもあります。複数の物体が存在する場合や、物体の形状が複雑な場合には、2回以上の反射による電磁波パルスが受信信号に混じります。
2回以上の反射による信号は、1回だけの反射による信号を利用する場合には雑音となります。しかし逆に、2回以上の反射による信号をうまく使うと、1回だけの反射では得られない、物体の情報が得られます。例えば、物体の側面や裏側などアンテナからは影となる部分(不可視領域)の情報です。
なお、2回以上の反射を「多重散乱」、反射波を「多重散乱波」と呼びます。これに対して1回反射を「単散乱」、反射波を「単散乱波」と呼んでいます。
-
- 多重散乱波(2回以上反射して戻ってくる波)の有用性
- (新しいウィンドウが開きます)拡大画像(jpeg:94KB)
先ほどご説明した「RPM(Range Points Migration)法」と多重散乱波を利用することで、木寺助教は複数の物体の側面や複雑な境界などの形状を推定できることを示しました。さらに、3次元形状のレーダイメージングにも応用してみせました。ドーナツの中央部に円柱を置いた形状の物体で、本来であればアンテナからは影となる円柱側面の形状を推定しました。
既存のイメージング手法でも同様の推定は実行できますが、計算時間が膨大になるという欠点があります。木寺助教の開発した手法は、計算時間を既存技術のおよそ1万分の1、約10秒と大幅に短縮しました。なお現在のところ多重散乱波を利用したイメージングは、反射回数が2回までの信号までにとどまっています。
-
- 3次元形状の推定。ドーナツの中央部に円柱を置いた形状の物体で、円柱の側面形状を推定できた。イメージングに必要な時間は既存技術(SAR法)のおよそ1万分の1に過ぎない
- (新しいウィンドウが開きます)拡大画像(jpeg:103KB)
ここまでみていくと研究のタイトル「超広帯域レーダによる超波長分解能・不可視領域イメージング技術の研究」は、分解能の高いレーダによってカメラでは不可能な立体的な画像を浮かび上がらせる技術であることが分かります。重要なのは、光が入ってこないカメラでは撮影が困難な環境でもレーダは画像化できること、物体の側面や裏側などのようにカメラで撮影できない領域でもレーダは画像化が可能であることです。技術的な難しさは多々ありますが、将来が非常に楽しみな研究です。
(取材・文:広報センター 福田 昭)