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研究者情報:研究・産学連携

ユニーク&エキサイティング研究探訪
【No.26】 2013年6月 掲載
帯域・強度・精度を飛躍的に高めるレーザー技術

光波長変換技術の常識を覆す

桂川 眞幸 教授
情報理工学研究科 先進理工学専攻

大木 英司 教授

通常光とレーザー光

情報理工学研究科 先進理工学専攻の桂川教授の研究業績「量子コヒーレンスの断熱操作とその極限光技術への応用」は、「レーザー光技術」に関する極めて大きな研究成果です。本稿では、専門用語をなるべく使わずに、研究業績の概要を解説します。
まず「光」についておさらいしましょう。光は波(電磁波)ですから、周期があり、高さが時間的に変化します。この波の周期が「波長」、波の高さの時間的な変化が「位相」、波の高さ(の二乗)が「強度」です。通常の光は、波長が連続的な広がりを持っており、位相は様々であり、強度は高くありません。例えば太陽光や電球(ランプ)は、こういった光です。
これに対し、光の波長(光の周波数)の幅が極めて狭く、つまり位相がそろっており、強度が高いという、通常の光とはまったく異なる性質を備えた光が「レーザー光」です。レーザー光は光のエネルギーを増幅するとともに、波長と位相をそろえる機能を備えた装置によって作り出されます。すなわち、人工的な光です。

レーザー光の有用性

レーザーは1958年に提案され、1960年に実現されました。今(2013年)からおよそ50年ほど前のことです。初期の頃のレーザーには、結晶やガスといった媒質が使われました。1971年には、半導体材料を使ったレーザー「半導体レーザー」が発明されました(厳密には室温連続発振の確認です)。
私達の生活で最も身近なレーザーは、この半導体レーザーでしょう。CDやDVDなどの光ディスク装置には、半導体レーザーが使われています。大容量光ファイバ通信の光源も、半導体レーザーです。レーザープリンタにも半導体レーザーが載っています。
そのほか、精密距離計測やレーダー、外科手術用メス、半導体微細加工、バーコードリーダー、ウラン同位体分離、核融合など、様々な用途に各種のレーザーが使われています。

レーザー光の波長を変える

ここで一旦、話題を光に戻しましょう。光の速度は、波長と周波数の掛け算によって決まります。大気中や海水中といった同じ物質の中では、光の速度は一定です。つまり、波長が決まると、周波数も自動的に決まることになります。「可視光」と呼ばれる眼に見える光の波長はおおよそ400nm(ナノメートル)~700nmです。ここでナノメートルとは、10億分の1メートルを意味する単位です。これを周波数で表現すると、おおよそ数百THz(テラヘルツ)となります。ここでテラヘルツとは周波数の単位で、1秒間に1兆回を意味します。
レーザーは非常に素晴らしい光源なのですが、波長をあまり広い範囲では変えられないという弱点がありました。言い換えると、結晶やガスなどの材料によって波長が概ね決まっていました。
そこで「非線形光学効果」と呼ばれる現象を利用して、レーザー光の波長(および周波数)を大きく変化させる技術(波長変換技術)が開発されてきました。代表的な波長変換技術は、波長を2分の1(周波数を2倍)に変換する技術です。このほかにも、波長の異なる2つのレーザー光を使って2つの波長の差に相当するレーザー光を出す変換技術などがあります。こういった波長変換技術を使うと、レーザー光の領域を可視光だけでなく、赤外光や紫外光へと広げられます。

波長変換技術の限界

例えば波長を2分の1にする結晶があるとしましょう。結晶中を進みながら波長Aのレーザー光の一部が、波長A/2のレーザー光に変換されていきます。ただし、この変換を効率よく起こすには、「位相整合」と呼ばれる条件が満足されなければなりません。
位相整合条件とは、波長Aと波長A/2の光の位相が完全にそろっているという条件です。ふつうは波長によって結晶の屈折率が異なりますので、何もしないと位相が完全にそろうということはありません。しかし結晶の光学的性質が方向によって異なることを使って光の出し方を工夫すると位相整合条件を満たすことができます。

この他にも位相整合条件を満たすための様々な工夫が今日に到るまで連綿と研究されてきました。効率の良い波長変換を実現することは、いかに位相整合条件を満足するかということと同等であったわけです。一方で、このことは波長変換技術が位相整合条件を満たせるかどうかに強く制約されるという限界をもっているということでもありました。

分子の量子状態を制御する

桂川教授の研究グループは、この「位相整合条件」を満たさなくても効率の良い波長変換を実現する技術を開発しました。それまで波長変換において「位相整合条件」を満足することは絶対に近いものと考えられていました。位相整合条件の制約を外すことは、レーザー光技術の世界では非常に大きなブレークスルーです。
そのカギとなるのが研究業績に書かれている「量子コヒーレンスの断熱操作」です。量子コヒーレンスとは、同時に複数のエネルギー状態が存在しており、なおかつ、両方の状態のどちらに原子や分子などが存在しているかが決定されていない状態(「重ね合わせ」の状態)を意味します。

桂川教授の研究グループは、媒質を構成する一部の分子ではなく、すべての分子をこの重ね合わせの状態とすることに成功しました。具体的には、水素分子にレーザー光を照射することで、分子のエネルギー状態を低いエネルギー状態と高いエネルギー状態の2つの状態を同時に取るように制御したのです。水素分子がどちらのエネルギー状態を取るかは決まっていません。分かっているのは確率2分の1(50%)で、水素分子がどちらかのエネルギー状態に見出されるということです。
水素分子をこの重ね合わせの状態に制御する最初から最後までの間に、水素分子の集団から熱となって外に逃げるエネルギーは存在しません。このような操作を「断熱操作」と呼びます。

位相整合条件を取り払う

水素分子のすべてが重ね合わせの状態になると、波長変換の効率が極めて高くなります。桂川教授らの研究グループによる実験では、非常に弱い光(なおかつレーザー光ではない光)を使っても20%という極めて高い変換効率が得られています。一般的に光の強度が高いほど、波長変換の効率は高くなります。レーザー光のような強度の高い光が波長変換に使われるのは、そのためです。
変換効率が極めて高いため、波長変換に必要な距離が非常に短くて済みます。このため、光の波長による屈折率の違いを考慮する必要がなくなりました。すなわち、位相整合条件を満たさずとも、高い効率の波長変換が可能になったということです。

光通信の容量を1000倍に

パルス幅の極めて短いレーザー光を非常に高い繰り返し周波数で発生

桂川教授らの研究グループは、周波数安定度の高いレーザー光源を独自に開発することで、水素分子の回転エネルギーを2つの状態の重ね合わせに制御し、パルス幅の極めて短いレーザー光を非常に高い繰り返しで発生させることに成功しました。

発生させたレーザー光のビームプロファイル(左)と、発生させたレーザー光をプリズムで分光した結果(右)。様々な波長のレーザー光が含まれていることが分かる

発生させたレーザー光パルスのパルス幅は12fs(フェムト秒)です。1fs(フェムト秒)とは、1000兆分の1秒という、とてつもなく短い時間を意味します。そしてパルスの発生間隔は94fs(フェムト秒)とこれも非常に短く、繰り返し周波数に換算すると10.6THz(テラヘルツ)という極めて高い周波数になります。現在の大容量光通信に使われるパルスの繰り返し周波数が約10GHz(ギガヘルツ、1ギガヘルツは1秒回に10億回の繰り返しを意味します)ですので、10THzはその1000倍に相当します。言い換えると、原理的には光通信の容量を1000倍に増やせることになります。

等間隔で波長の異なるレーザー光を同時に発生

波長が少しずつ異なるレーザー光の集合「光周波数コム」

この10.6THzの繰り返し周波数で発生するレーザー光パルスは、繰り返し周波数に等しい間隔で波長が少しずつ異なるレーザー光の集合でもあります。横軸を波長、縦軸を光強度としてグラフ化すると、グラフは髪を梳かす「櫛(くし)」のように見えます。櫛の歯のそれぞれが、レーザー光の波長に対応します。
櫛を英語表記すると「comb(コム)」であることから、こういった櫛のような、波長(つまり周波数)が少しずつ異なるレーザー光の集合は一般に「光周波数コム」と呼ばれています。光周波数コムの発明は、光を用いた精密計測の世界に革命を引き起こしました。その発明に大きく寄与したテオドール・ヘンシュ博士とジョン・ホール博士は2005年にノーベル物理学賞を受賞しています。ただ、そんな光周波数コムも弱点が無いわけではありません。通常の光周波数コムの一つ一つの櫛の強度はとても低いので、時に計測に必要な強度が満たされないこともあります。

桂川教授の研究グループは、基本周波数とその2倍の周波数のレーザー光パルスを使用して水素分子を制御した波長変換を実施し、非常に広い波長範囲(周波数範囲)で一つ一つの櫛の強度がとても高い光周波数コムを実現してみせました。波長範囲は941nm~371nmです。周波数範囲だと約300THz~約800THzに相当します。レーザー光の周波数間隔は10.62THzです。通常の光周波数コムに比べておよそ1万倍櫛の間隔が広いので、連続波レーザーを用いて同じ波長変換を実現できると、原理的には1万倍高い強度の光の櫛を実現することができます。

このようにして発生した近赤外線から紫外線にわたるレーザー光は、元のレーザー光の精度をそのまま維持しているという特徴があります。また、元のレーザー光の波長を変えることで、この光周波数コム全体の波長を連続的に変えていくこともできます。すなわち、非常に強度の高い精密計測用の光源が実現されます。

これまでの実験では水素分子の回転エネルギーの状態を制御してきました。水素分子の運動には回転と振動があります。そこで水素分子の振動エネルギーの状態を制御することで、光周波数コムの波長範囲を大きく広げることが可能になります。例えば、遠赤外線(約300??m)から真空紫外線(約100 nm)までをカバーする光周波数コムを作ることも可能です。つまり、遠赤外や真空紫外のような極端な波長域で精密計測(高分解能のレーザー分光)が可能になります。このような研究分野は、レーザーの発明から50年を経た現在も全く未踏の地として残されたままです。計測技術として確立すれば、基礎科学に多大な影響を与えるでしょう。また、産業的には次世代半導体微細加工光源といった分野で大きな発展が期待されています。

(取材・文:広報センター 福田 昭)